18.07.18雑記 パレイド編
こんばんは。
良いものに出会ったときこそ、いろいろ語りたくなるものです。
夏川椎菜さんのバースデーシングル「パレイド」のMVについてのお話です。
歌詞の部分は、まだ消化しきれていないのでいつか。
以下本題。
「パレイド(パレード)」って"見る人"がいて成立するものだと思うが、舞台は夜の遊園地。
彼女以外誰もいない。
2番で共に歩むのも彼女が描く動物達。ヒヨコとか、パンダとか。
その動物も2番サビ前には消えていってしまう。
まるでお客さんがいる時のように動く遊具、照明、自動販売機。
2番以降入ってくるノイズ。
ラスサビ、傘を落とした際に大きなノイズ、遊具の光は消えている。
感情に露わにし走り出す。
その先は冒頭のような綺麗で動いている遊具ではなく、シャッターが閉じ街灯だけが光る道。
最後には彼女自身もノイズの後消えてしまう。
彼女の影のあたりに残る小さな光の粒子。わずかに上昇するも地に落ちてしまう。
「ああ ああ ああ ああ あー」
>楽曲の世界を何倍も広げ深くする良いMVで、何度も見てしまいたくなるが心がしんどくなる。
>表現が難しいが、夢に逃避しても現実からは逃げられない、そんな印象。
>傘を持っている演出等は撮影時の雨天を受けての事らしく、天候が良かった場合風船にLEDを入れ中から光らせたり…という事等も考えられていたらしい。そっちもきになる。
遊具に乗っている間、傘を持っている間。
綺麗な光、描かれた動物たちで彩られた時。
それと対照的な
傘を手放した後。
独り。小さな光の粒子。
現実の逃避か、外側か、それとも夢か。
傘を手放したことで何が見えるのか。内面なのか何なのか。
光の粒子の演出は、雨天でなくなった風船を使った演出の名残なのかなと思います。
例えば、持っているのが傘ではなく光る(細工をした)風船だった場合、
傘を手放し落としたのではなく、風船を手放し空に高くに昇っていったことでしょう。
光の粒子は風船のように高くに登って行きたかったのかもしれません。
けどそうするには力が足りず、地に落ちてしまう。
傘は身を守るモノ、光る風船は夢の象徴なのでしょうか。
MV中、夏川さんはカメラに目をやる場面がいくつかある。
メリーゴーランドから降りて移動する部分以外、
バストショットだったり引いても膝上あたりの距離感で撮っています。
傘を手放し、感情に露わにし走り出す部分以降、そのカメラは徐々に離れていく。
最後の「ああ ああ ああ ああ あー」のあたりで立ち止まった後も。
これは考察にもならない妄想になりますが
「内面」をみて人(カメラ)が離れて行っている描写なのかな、とも。
>夏川椎菜さんは、また凄まじい曲を得たなと。しかもこれが「birthday single」とは。雨宮さんもびっくりする攻めっぷりではないでしょうか。
>本人が各所で語っているように、このシングルは彼女がやりたいこと表現したいことが詰め込まれているようです。
>ソロアーティストデビューから1年以上、22歳の誕生日というタイミングで「劣等感を叫ぶような、自分の嫌なところを並べ立てるような、決して明るくないものがいい」と望んだのは、何が理由だったのだろうか。
>「こうしたい」「こうやりたい」というモノの表現、実行ができている立派なアーティストだなと、思う1枚だった。
がっつりリリースイベント狙って申し込み!とかできるタイプの人間ではないのでゆったりなペースにはなるが、これからも応援していこうと思わされるものだ。
リリイベでは何が語られるかなあ
夏川椎菜さん、誕生日おめでとうございます。
了。